電力網の脱炭素化を助ける電気自動車の役割(特に、双方向インバーターを使った電気自動車からの給電)

バイデン政権によるInflation Reduction Act of 2022 (IRA)[1]の下での潤沢な補助金を受けて、米国では再生可能エネルギー(再エネ)への移行を目指した電力網への投資と電気自動車(EV)の生産・販売促進が加速している。日本でも遅ればせながら少しずつ同様の動きが始まっている。

米国でも日本でも同様だが、EVの売れ筋は航続距離の不安(range anxiety)から、大容量バッテリーを搭載したモデルである。ただ、実際にはその大容量バッテリーを使い切るような乗り方をする事は滅多にない。

そこで考えていかなければならないのは、大容量バッテリーを搭載したEVを社会全体として、問題を引き起こさないようして、逆にどう有効に使っていくかという事である。

電力網の運営の課題は昔から、そして今も、需要のピークとオフピークにどう対応して需給バランスを維持していくかという事である。再エネ由来の発電がまだあまりなかった頃は、夏の猛暑時のエアコンの一斉稼働や帰宅後のいわゆる「ゴールデン・タイム」の需要のピークにどう対応するかを考えていれば良かった。しかし、間欠的で、かつ発電量が自然条件に左右される再エネ由来の発電(特に太陽光発電)の増加で、需給バランスを保つためには、これまでは単に発電所の稼働レベルを調節するだけで良かった供給サイドも同様に考えねばならなくなった。主な課題は次のようなものである:

1)昼間の再エネ由来の電力が使い切れずに捨てられる事態が発生し始めている

2)EV充電はエアコン3-6台分に相当するほどで、大きなピークを作りかねない

そこで、この二つの課題を解決するため、ナッジなどの行動科学の知見を使ったEVの昼充電へ向けた行動変容が必要となる。

課題はより複雑になったが、一方で、電力網の現況を誰でもリアルタイムで捉える事ができるようになったり、天気予報の精度の向上など、課題解決のための道具も増えている。

例えば、日米で大きなEVのシェアを誇るテスラは、そのModel 3にクルマ本体やスマホの専用アプリから操作する、充電スケジュールや出発スケジュールの設定機能を搭載している。この機能を利用して、自宅に給電している電力会社の(安い)オフピーク料金の期間帯を入力し、「オフピーク充電」を選択しておけば、クルマが勝手にピーク時の充電を避け、次に出かけるまでの間のオフピーク時に充電して電気代の節約をしてくれる。[2]これは同時に電力網全体の需給バランスの安定にも資する事になる。

さらに一歩進んで、大容量バッテリーを搭載したEVを「可動大容量バッテリー」として捉え[3]、そこに蓄電された電力を逆方向にも流す事ができる双方向(bidirectional)インバーターを使って給電にも使おうというVehicle-to-grid (V2G)・Vehicle-to-building (V2B)・Vehicle-to-home (V2H)、これらを全部まとめてVehicle-to-everything (V2X)、が実用化されつつある。

日本では「EVパワー・ステーション」を販売するニチコンが、日産や三菱自動車といった日本の自動車メーカーの給電機能を持った(bidirectional)EVとの相性が良いこの機械でこの分野をリードしている。特に屋根に太陽光パネルを設置している世帯が、太陽光パネルからの給電、電力会社からの給電、自家消費、EV充電、そしてEVからの給電をこの機械でコントロールしている。

一方、米国ではまだ給電機能を持った(bidirectional)EVを販売する自動車メーカーが(日産や三菱自動車の他にはまだ)少ないが、V2Xの実用化に向けてFermata Energydcbelという会社が必要な機器やアプリの開発を行なっている。Fermata Energyが開発した「FE-15」と、dcbelが開発したV2Hのための「r16」という双方向(bidirectional)インバーターはどちらも米国での承認を済ませており、テスラのEVのような充電のコントロールにとどまらず、太陽光パネルを設置している世帯の電力消費全般を最適化し、CO2の排出抑制にも資する事を目指しているようである。米国の市場がこれらの先進的な取り組みを受け入れていくかどうかが注目される。

株式会社電力シェアリング CTO 玉置佳一

 

[1]  この法案の本質は米国の長期的な再エネ移行を目指したものだが、2023年の現在では「軟着陸」の可能性が高くなってきてはいるものの、コロナ禍の下でのインフレは、2022年時点では米国民の大きな懸念であった。そのため、このような名前が付いたものと思われる。

[2]    https://www.tesla.com/ownersmanual/model3/en_us/GUID-76995CEC-6402-4BFF-99FA-CEFA36E64A19.html

[3]    こういった事を行なうには、EVの側も(bidirectionalの)給電機能を持ったものでなければならない。