研究:住宅の屋根上太陽光発電導入の日米比較
脱炭素化、つまり再生可能エネルギー(再エネ)への移行促進のために各国が採用している様々な政策は、日本やヨーロッパの多くの国々が採用している再エネの「固定価格買い取り制度(Feed-In Tariff (FIT) Policy)」と、米国などが採用している再エネの「利用割合基準(Renewable Portfolio Standard (RPS) Policy)」の二種類に大きく分けることができる。前者は電力の価格を基にした政策(price-based support mechanism)であるのに対して、後者は発電量を基にした政策(quantity-based support mechanism)である。どちらの政策も、既存の(配電を担う)電力会社に再エネ由来の電力の買い取りや利用を義務付けるのは共通しているが、FITが電力会社の配電網に接続して給電する再エネ由来の発電を行なう個人や企業(法人)に対して、その給電量に応じて、定められた単価で定められた期間(例えば、20年間)、電力会社が料金を払うことを義務付けるのに対して、RPSは、各電力会社の全発電量の一定割合を再エネ由来とするように(毎年漸増する)利用割合基準を義務付けるものである。
RPSを理解するには、まず再生可能エネルギー由来の電力は、電力自身の価値とCO2の排出削減に貢献する再生可能エネルギー由来の発電をした価値(再エネ価値)を足したものであるという理屈を理解するところから始めなければならない。そこで必要となるのは、再生可能エネルギー由来の発電を行なう個人や企業(法人)の発電量(kWh)の再エネ価値を公的に認証する再生可能エネルギー価値証書(再エネ証書;Renewable Energy Certificate, or REC)を発行するという手続きである。その再エネ証書を使って、電力会社自身が所有する再生可能エネルギー由来の発電施設(再エネ発電施設)の発電量と、(それで足りなければ)市場で誰かから調達してきた再エネ発電施設の発電量の合計で利用割合基準を満たす訳である。認証された再エネ価値は、発電された電力自身の価値と一緒の形ででも、電力自身の価値と分離された形ででも市場での値付けと取引が可能となる。このように、再エネ証書を市場のメカニズムを利用して取引することで再エネ移行を促進するのがRPSである。したがって、再エネ価値は「同時同量」という電力の需給バランス維持のくびきから解放されたものとなり、大きな取引規模の拡大が期待できる。
一方、FITの下では、(再エネ証書という形で表面には現れてこないが)再エネ価値が自動的に電力の買い取りを行なう電力会社のものとなる。ちなみに、FITの下でも、RPSの下でも、どれだけ再エネ由来の電力が発電されたかという発電量の公的な認証の必要性に変わりはない。FITの下では、市場で取引される再エネ証書を介さずに、単純に電力会社から再生可能エネルギー由来の発電を行なう個人や企業(法人)に、発電量に応じて、料金(すなわち、電力自身の価値と再エネ価値の合計額)が直接支払われる。一方、RPSの下では、先述したように、電力会社は発電された電力の価値は買わずに、電力の価値と分離された再エネ価値だけを調達することも可能である。
FITとRPSは、政策を始めた頃には火力発電と比べて割高だった太陽光発電の導入の背中を押して再エネ由来の発電施設を増やすための設備投資を呼び込むことにどちらも有意義な役割を果たした。しかし、太陽光発電の近年の技術進歩と費用の劇的な低減の結果、FIT・RPSいずれも、大きな修正が必要となった。日本のFITの下では、長期間の気前の良すぎる買取価格が利権化してしまい、FITの恩恵を受けていない電力会社の顧客が払う再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)がその利権を支えるという構図が生まれてしまって不公平感が強まり、買取価格が徐々に抑えられてきた。一方、米国でのRPSも同様に、屋根上太陽光パネルを早々と設置した(どちらかと言うと比較的裕福な)世帯が、初期投資の回収を短期間で済ませてしまい、長期的にはパネルを設置していない(どちらかと言うと比較的低所得の)世帯に比べてkWh当たりの電気代の負担で大幅に得をしているという不公平感が強まった。その不公平感を解消し、長期的な再エネ移行もスムーズに行なえるようにするため、米国でこの分野をリードするカリフォルニア州(のCalifornia Public Utilities Commission, or CPUC:カリフォルニア州公益事業委員会)は、電力会社とその顧客の間の買電・売電の料金体系をNet Energy Metering (NEM) 1.0からNEM 2.0へ、そして2023年4月15日にはNEM 3.0、改めNet Billing Tariff (NBT)、へと二度も改定してきた。
FIT・RPSのいずれの下でも再エネ由来の発電容量は順調に増えて全発電量の中で大きな割合を占めるようになってきたが、その結果、今度は間欠的かつ発電量が自然条件に左右される再エネ由来の発電(特に太陽光発電)による供給と、ピークとオフピークの間で変動する需要の「同時同量」バランスをリアルタイムでどう維持していくかということが重要となってきた。例えば、日本の中でも太陽光発電容量の割合が特に多い九州電力管内では、昼間の時間帯で供給が需要を上回って「再エネ出力制御」が行なわれ、再エネ由来の電力が使われずに捨てられるような事態が発生している。また、RPSの下でも再エネ証書は「いつどこで発電されたか」ということは関知しないので、売れ残った証書が翌年に繰り越されるといったことが普通に起こっている。
カリフォルニア州のNBTは、この需給バランスの安定を促すため、需要が供給を大きく上回る帰宅後のいわゆる「ゴールデン・タイム」のピーク時間帯には買電・売電価格をともに上げ、逆に供給が需要を上回る昼間のオフピーク時間帯には買電・売電価格をともに下げている。そのような価格のインセンティブの設定で顧客の行動変容を促すことと並行して、カリフォルニア州の配電網を運用する独立系統運用機関(Independent System Operator, or ISO)であるCAISOはウェブサイトを通じてリアルタイムで配電網から供給されている電力のCarbon Intensity (CI: g-CO2/kWh)を公表して「見える化」し、顧客の脱炭素化への意識の向上を図っている。また、国際連合も24/7 Carbon-Free Energyというスローガンを掲げて、一歩進めた脱炭素化の取り組みを始めている。
このNBTの料金体系は、個々の世帯顧客を、配電網の需給の安定を(特に逼迫時に)サポートするというビジネス・モデルで商業的な利益を挙げるIndependent Power Producer (IPP)やAggregatorと(ほぼ)同列に扱い「家に太陽光パネルを設置するならバッテリーも設置して需給バランスの安定に貢献し、同時に長期的に得をして下さい」と言っていると解釈できる。商機に聡い企業家に不足のない米国では、太陽光パネルとバッテリーを設置した世帯向けに、NBTの下での買電と売電の最適化を自動的に行なうアルゴリズムを開発して販売するといったことも始まっている。
電力シェアリングCTO 玉置佳一